「お母さん」じゃない私に戻れた夜

私は17年前の今日、母親になりました。

娘は本当に小さくて、泣くことしかできなくて。
赤ちゃんだから当たり前なのですが、こんなにか弱い存在を守っていくんだと思うと、すごく力が入っていた気がします。

今より17歳若かった私。
新米ママは思っていた以上に大変で、泣いているのが赤ちゃんなのか私なのかわからないような毎日でした。

何時にミルクを飲んだか記録して、夜も眠れずに、
「こんなに大変だなんて聞いてないよ!」
と思ったものです。

振り返ると、あっという間。
「親」という字は、木の上に立って見守ると書くのだと聞いたことがあります。

あと3年で成人式だなんて……。
信じられません!

子どもが生まれてから、私は子ども以外の人からも「お母さん」と呼ばれるようになりました。

役割で呼ばれるようになるんだなあ。
そう思うと、私の職業は「お母さん」という時期が長く続いたように感じます。

主人と一緒にいると「奥様」と呼ばれることもあります。
独身時代に「〇〇さん」と呼ばれていた頃が、いつしか恋しく、懐かしくなりました。

育児に没頭しているうちに、私は自分が何を好きだったのか、わからなくなっていきました。

家族の健康や暮らしを守るための知識は増えていくのに、自分が何を好きで、何を楽しいと感じるのかは、だんだん見えなくなっていったのです。

そうこうしているうちに、社会との関わりも薄くなっていきました。

仕事を辞めて家庭に入ると、育児にかけられる時間は増えます。
その一方で、社会からは少し遠くなります。

保護者同士のつながりはできます。
でも、そこでは「〇〇ちゃんのママ」と呼ばれ、同じような年代の子どもを育てる人たちとの関わりが中心になります。

それはそれで安心できる場所です。
けれど、子どものママという役割が中心になると、自分の好きなことを思いきり話す機会は、なかなかありません。

そんなとき、私はふとカメラを持って、夜の日本橋のナイトフォトウォークに参加しました。

夜の街に出るのも久しぶり。
みんなでカメラを手に写真を撮る時間が、すごくキラキラして感じられました。

プライベートな話をするわけでもなく、ひたすらみんなで写真を撮って、笑って、最後に集合写真を撮って解散。

そこでは、お母さんとも奥様とも呼ばれません。
カメラがつないでくれた、世代や性別を越えて同じ体験を楽しむ時間でした。

家と職場のほかに、もうひとつの居場所があること。
依存できる先は多いほど、自立できる。

育児に没頭する時間には、どうしても家にこもる時期があります。
でも、孤育てになってしまうと、つらくなることもあります。

だから私は、赤ちゃんを撮影するとき、そのお母さんを「〇〇ちゃんのママ」と呼ばないことにしようと思います。

赤ちゃんのお母さんとしてだけではなく、ひとりの人として出会いたい。
撮影の時間が、その人自身に戻れる小さな居場所になったらいいなと思っています。

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