あけましておめでとうございます
2026年は60年に一度の丙午の年
ひのえうまといい、60年に一度めぐってくる干支の組み合わせです。
私が新人だった頃のあの可愛らしい先輩が今はもう60歳・・・還暦!?だなんて信じられません
その先輩が丙午について教えてくれたのでよく覚えています
1966年の丙午は、「気が強い女性になる」「結婚に不利」語られていたそう。この年は出生数が大きく減るといった現象もあったようです。
丙午は単なる迷信だったのか。それとも、当時の家庭が置かれていた状況の中で、現実的な判断が積み重なった結果だったのでしょうか。
この記事では、丙午を家庭科の視点で考えてみます。

丙午とは何か
干支と暦の中での丙午
1966年の丙午が特別視された理由
丙午(ひのえうま)とは、十干(じっかん)の「丙」と十二支の「午」が組み合わさった年のことを指します。干支は60年で一巡するため、丙午も60年に一度めぐってきます。近年で最も知られているのが、1966年の丙午です。
日本では古くから、「丙午の年に生まれた女性は気が強く、夫の命を縮める」といった言い伝えがありました。
科学的な根拠は一切ありません。しかしこの言葉が長い時間をかけて社会に浸透し、とくに結婚や家族観と結びついて語られてきたことは事実のようです。
その影響がはっきり現れたのが1966年。
この年、日本の出生数は前後の年と比べて大きく減少しました。
これは丙午という暦に対する不安や周囲の目を意識し、出産を控えたり時期をずらした家庭が多かったためだと考えられています。
ここで注目したいのは、丙午が単なる迷信ではなく、家庭の意思決定におおきな影響を与えていたという点です。
家庭科の視点で見ると、丙午は「暦やうわさといった情報が、暮らしの選択にどう入り込むか」を考えるための一つの事例だと言えます。
家庭はどの情報をもとに判断していたのか
1966年、家庭が持っていた情報は、今と比べるととても限られていました。
その分、身近な人の言葉はとても重みを持っていたんですね。
親や親戚、近所の人から聞く話は、正しいかどうかよりも、「暮らしの知恵」として受け取られていたのだと思います。
丙午についても同じです。
「この年は気をつけたほうがいいらしい」という一言が、家の中に入り込んでいました。はっきり信じていたわけではなくても、完全に無視できるほど、軽い話ではありませんでした。
家庭科の視点で見ると、関係性の調整だったように思います。
自分たちがどう思うかだけでなく、親世代はどう感じるか、嫁ぎ先や親戚との関係に影響はないか。
家庭はいつも、複数の立場の間でバランスを取りながら決断しています。
その結果として、「今年は避けよう」「少し先にしよう」という判断が生まれました。そこには強い主張よりも、波風を立てないための工夫がありました。
丙午は、家庭がどのように情報を受け取り、暮らしの中で形にしていくのかを知るひとつの静かな例だと言えます。
そんな私たちも・・・
私の高校生の頃は細木数子先生が流行りました
大殺界だから運気が悪い・・・とか
言ってましたね!不確かなものに何かしら影響を受けながら生きているのが人間というものなのかもしれません


2026年今年もよろしくお願いいたします!
